2026.1.6

松浦で学ぶ元寇襲来

年末年始の九州旅、初日の宿泊先は松浦としました。
小生の旅のテーマの一つに水軍(海賊、松浦水軍は村上水軍、九鬼水軍と並ぶ三大水軍の一つとも言われます)ゆかりの地を訪ねるという楽しみがありますが、ここ松浦は蒙古襲来時に元寇と戦った松浦党(水軍)の拠点であります。
また平戸松浦氏は、関ヶ原の戦いでは東軍につき、江戸時代は肥前平戸藩主として維新後は伯爵家となっています。
面白いのは小生の故郷とのつながりで、加賀前田家第15代当主、前田利嗣(としつぐ)の先妻の宣は松浦 詮(あきら、肥前国平戸藩第12代藩主、明治天皇の国母中山慶子の母愛子は第9代藩主・松浦清の娘だったことで明治天皇の又従兄弟にあたる)の長女という縁です。
次回は平戸にある松浦歴史資料館のも是非足を運びたいものです。

2025.12.15

兵庫県立コウノトリの郷公園

昭和46年(1971年)に一旦、日本では絶滅したコウノトリ(豊岡市にいたコウノトリが日本の空を飛んでいた最後のコウノトリ)ですが、豊岡市では昭和40年から人工飼育などでコウノトリを増やす活動を続け、平成元(1989)年にはロシアから譲り受けた(1985年に5羽譲り受ける、今の日ソ関係からは想像も出来ませんね)コウノトリがヒナを産んだといいます。
保護増殖に取り組み24年目にしての快挙ですね。
人口飼育も進み100羽を超えてきたところで2005年(平成17年)には、ついに野生復帰に向けて初の放鳥が行われ現在に至ります。
そんな特別天然記念物(昭和31年、1956年から)で「絶滅危惧種」のコウノトリですが、2020年に一度車で走行中に田んぼでくつろぐコウノトリの姿を見かけたことがあり、今回はそれ以来、しかも初めての飛翔の姿を見る機会に恵まれました。

人工巣塔にコウノトリ

2025.10.23

中ノ沢こけしまつり

たこ坊主とも呼ばれる中ノ沢こけしとの初めての出会いは「みやぎ蔵王こけし館」(蔵王町遠刈田温泉)でした。
その後、とある道の駅に売られていた書籍「写真でつづる 懐かしの沼尻軽便鉄道」(福島県会津若松市・歴史春秋社、2000年2月初版、私のものは2000年4月の第2版)とのさらなる出会い。
本書の中の「岩本善吉と中ノ沢こけし」として特集がくまれており、この記事にあったひょうきんなこけしを作る流れ木地師・岩本善吉(1877〜1934年)にこけしの概念が完全に覆されました。
そんな中ノ沢こけしのお祭りイベント(第4回、9月)にしてきました。
イベント会場で行われていたべこの絵付けにも挑戦!(やないづ張り子工房Hitaritoさんの出張イベントに参加)
この赤べこの絵付けは弟子1号〜3号までがそれぞれに修学旅行で体験しており、弟子たちとの出来栄え比べです。
 
赤べこカップ酒
 
たこ坊主カップ酒

中ノ沢こけし発祥の地「芳蔵小屋」

芳蔵の父、善吉コーナー

芳蔵コーナー

芳蔵に学び「たこ坊主会」会長だった本多洋さんコーナー

弟子3人の絵付けべこ

2025.10.22

朝の賑わいに驚きました「道の駅やいた」

二本松に向かう道すがら立ち寄った矢板市の道の駅です。
朝の直売所(農産物売り場は8時半から営業)の賑わいにびっくり!
早速こちらも加わりました。
花ニラ、ミニトマト、茄子、椎茸、ししとう、おらんちの玉子に別途で山椒ご飯を購入。
花ニラは初めてでした。ビーフンにきくらげや椎茸と一緒に。

2025.10.15

須賀川のウルトラマン

矢板から二本松へ向かう道すがら、時間があったのでほぼ13年ぶりに福島空港でウルトラマンに出逢ってきました。
13年前よりも一段とウルトラマンワールドが広がっていました。

なお、ウルトラマンは空港だけではありません、市役所にも有ります。
須賀川市はM78星雲光の国と姉妹都市だそうです(300万光年をつなぐ姉妹都市)。
ウルトラの父がいます。あの唄の出だしは今でも歌えます。
ウルトラの父がいる
ウルトラの母がいる
そーしてタロウがここにいーる。
(作詞は阿久悠)

円谷英二ミュージアやウルトラマンショップSHOT M78大束屋(おおつかや)、そしてもう一人の円谷、円谷幸吉メモリアルホールはそれぞれ時間がなくて次回です。

2025.9.10

「大太鼓の館」で人生初めて太鼓をたたいてみました。

秋田県北秋田市の道の駅「たかのす」にある「大太鼓の館」で初めて叩く太鼓です。
世界一の太鼓は我が故郷石川県の浅野太鼓の太鼓と思っていましたが(浅野太鼓さんは和太鼓生産量が日本一)は、「大太鼓の館」の世界一の太鼓の大きさにびっくり。
自分で叩ける太鼓があったり、世界の太鼓も学べる嬉しい施設です。
今度浅野太鼓さんも再訪してみたいと思います。

2025.8.27

道の駅・美郷

昨年は道の駅に併設されているモンベルの店舗を除いてみましたが、今回はゆっくり道の駅の探訪です。
まずはお盆近くだったためか「花っこ市」という恒例の花市場が開かれており7時前から列を成していました。
嬉しいことにこの花市に合わせ、道の駅の直売所も同時刻の7時開店です。
そして道の駅の情報エリアには六郷清水の情報に加え、菅江真澄のパネル展示もありました。
江戸時代の紀行家・菅江真澄は1827年秋から翌年春にかけ六郷に滞在し(「菅江真澄」読本・2,田口昌樹、無明舎、1998年)、六郷百清水についても「月の出羽路仙北郡」で触れています。

2025.7.31

福井県立恐竜博物館

▲中学時代の化石ノートから

2025.5.26

岸壁の母とさくら貝(道の駅・とぎ海街道)

能登半島西側を北上する途中で立ち寄りました。
道の駅・とぎ海街道は世界一長いベンチで有名で何度か立ち寄ったことがありますが、今回は岸壁の母のモデルの端野いせさんの展示資料室(岸壁の母関連では舞鶴にも訪れています)と、前に訪問した時には無かった「さくら貝資料館」(2022年オープン)をゆっくりと見学してきました。
当道の駅は鎌倉の由比ケ浜や紀伊の和歌浦と共に、「日本三大小貝名所」として知られる増穂浦海岸の近くにあり、11月から3月にかけて吹く「貝寄せの風」により、サクラ貝をはじめ、ニシキ貝、ワスレ貝、マクラ貝など「三十六歌仙貝」が流れ着くそうです。
「三十六歌仙貝」とは平安時代の和歌の名人36人、三十六歌仙にちなみ、万葉集などにある貝を詠んだ三十六首を選出し、これに小貝をあてはめたもが歌仙貝です。
当地では三十六歌仙貝を集めた標本箱をつくるのが風物詩だそうです。
志賀町の観光ガイドサイトがとても参考になります。

2025.5.20

勿来海水浴場(いわき市勿来町)

海水浴シーズンにはたくさんの海水浴客が訪れる人気スポットで、日の出の絶景地(初日の出の時はかなり賑わうとか)。
前日の疲れに寝坊して日の出には間に合いませんでしたが、海岸に立つ赤い鳥居が朝の散歩に出迎えてくれました。

2025.5.12

玉ノ木原水芭蕉群生地(宮城県七が宿)

宮城県と山形県との県境にある水芭蕉の群生地です。
国道113号線沿いにあり、ドライブの休憩に立ち寄りましたが、水芭蕉群が運転の疲れを癒してくれました。結構広いので気分転換の散策にはもってこいでした。

2025.1.17

道の駅にしお岡ノ山のモーニング(愛知県西尾市)

これまで一度もいわゆる名古屋(愛知県)のモーニングという名物?を当地で味わったことのない小生の夢がようやくにして叶いました。
大阪から東京へ一般道を走る道すがら、偶然に選んだ道の駅がその名物で有名な道の駅でした。なんと農産物直売所は朝6時から、モーニングのサービスのある軽食コーナーは7時からの営業です。
それにしても今回初めて走ったる国道23号(岡崎バイパス、三重県伊勢市~愛知県豊橋市)のなんと素晴らしいこと。
多少渋滞の個所もありましたが(高速は当日さらに混んでました)結構スムーズに走行できました。なにせ周辺景色が初めての面白さもあり良い意味で期待を裏切られました。
さて7時きっかり、初のモーニングを求めて(和食と洋食のうち多くは和食を選んでいました)席に着きます。厚さ5センチはあろうトースト、名物のイカフライのレモン煮(西尾市内の学校給食にもあるそうです)、果物はライチ、そして茹でたまごに、唐揚げ。コーヒーのおかわり自由もありがたいですね。
また立ち寄ってみたくなる道の駅でした。

2024.11.18

サラダセロリ

戸倉上山田温泉の「つるの湯」の売店で購入した(野菜や果物が並んでいました)初めての野菜です。通常のセロリも好きですが、これも有りですね。
ちなみにセロリの道府県別収穫量は、長野県が全国の約4割近くを占めるそうですね。
セロリーをブログで取りあげたのは2015年以来でしょうか?

2024.11.06

星くずの里たかやま・黒耀石体験ミュージアム –

高校山岳部の先輩と同窓会に向かう道すがら、前々からたずねてみたいと思っていました星くずの里たかやま・黒耀石体験ミュージアム(長野県長和町大門)に立ち寄りました。
この先輩からずいぶん前に黒曜石(栃木県高原山産)をいただいていたことや、「火山と断層から見えた神社のはじまり」(蓮池明弘、双葉文庫、2024年)という本を読んでいて関心が高まっていたことが背景です。
先輩は「星くそ」とう黒曜石の表現をとりわけ気に入っていました。

2024.10.11

桜食品さんのいぶりがっこ

秋田といえばいぶりがっこ。
玉川温泉自炊部に投宿する前に田沢湖近くのスーパーで食糧を調達。ついでに自宅用のいぶりがっこやとろろ昆布などを購入。
桜食品さん(大仙市)のサイトによれば「桜食品のいぶりがっこは、まごころを込め、一本一本手作業で作ることにこだわっています。その象徴である「縄編」の作業は、今なお手作業で行われています。また、いぶりがっこを作るのに大切な「燻し」の工程も、燻煙室にぶら下げ、三日三晩かけて行っています。」とあります。
さすがに美味しいわけです。

2024.10.8

器まで食べられる「ファクトリーショップ トマト」のダイセン・パスタ

先に紹介の道の駅なかせんに隣接する合同会社ダイセン創農さんのファクトリーショップですが、テイクアウト限定ながら当地のご自慢トマトを使ったナポリタンと冷製パスタをいただけます。
器も食べられるということでさっそく注文。
ナポリタンには、地元のブランド豚「杜仲豚」を使ったソーセージも。食べられる器はえびせんの味がしました。
なお、道の駅なかせんのある大仙市は秋田県の代表的民謡「ドンパン節」の郷として知られ、毎年8月16日にはドンパン祭りが開催されています。
それにしてもどういうことでしょう!このドンパン節の替え歌の歌詞がすらすらと出てきます。
例の「ハゲとハゲとがけんかして、どちらも怪我ねでよかったね♪」という歌詞ですが、記憶とは恐ろしいものです。
道の駅に立ち寄った後は、近くの八乙女温泉さくら荘でひと風呂浴びてきました。

2024.10.7

毎日がとまと曜日

大仙市の道の駅なかせんに隣接する合同会社ダイセン創農さんの100%秋田産トマトを使ったジュースです。
道の駅の隣で試飲やオープンファクトリーを垣間見ることができます。
玉川温泉からの帰路、田沢湖から南下し角館と大曲の間の道の駅なかせんで休息がてら見学&試飲&購入しました。

2024.9.27

滝ケ原の石橋

アーチ状の石橋といえばその多くが九州に現存しますが、我が故郷・小松市の滝ケ原には特徴的な石橋が5つも存在(かつて11ないしは12橋存在していたそうな)。
土木学会第65回年次学術講演会(平成22年9月)資料「小松市滝ヶ原石橋群の構造解明と自然環境保全の方策」(金沢工業大学大学院 学生会員 糠山 尚希,金沢工業大学 フェロー 本田 秀行)に詳しく有り、とても参考になります。こちら
特徴的としたのは同資料によれば全国に15しかない貫石(九州では染石とも呼ばれるとか)構造という石橋構造で、滝ケ原にはこの構造の石橋が4橋現存といいます。
滝ケ原の石は石のもろさにつながる吸水率が低い凝灰岩で、吸水率は有名な大家石に比べれば約半分の水準(前出資料に詳細有り)で、比重も軽く建材にはとても良い石だそうです。全国の各地、滝ケ原の石が使われている場所はこちらが参考になります。
そんな郷土の誇りの石橋を滝ケ原の同級生を訪ねた際に見学してきました。
石橋を巡る旅は「豊後大野の石橋群」として当ブログに紹介して以来となります。
なお、滝ケ原の石橋を含む「小松の石文化」は2016年5月に、日本遺産に認定されています。

丸竹橋(冒頭写真含む)

大門橋

西山橋

2024.9.25

山小屋レストラン「アルピニスト」(加賀市橋北町)

雑誌「ランドネ」2024年8月号に故郷の山「鞍掛山」等とともに紹介されていたので、帰省の際に山仲間との打ち合わせ場所に選んでみました。
5人でピザやパスタをシェアして歓談。
お店についたときに流れていたアルプスの少女ハイジのサウンドトラックもグー!
それにしても安宅の漁師が「あかべ山」と呼んでいた鞍掛山が全国誌に掲載とはびっくり!。

2024.9.19

HAKUBA  COFFEEE  STAND

金沢から東京へ戻る途中の道草、長野編。
久々の白馬でコーヒーブレイク。
選んだのは駅前のHAKUBA  COFFEEE  STANDさん。
自家焙煎の白馬北アルプス縦走シリーズ【白馬唐松岳ブレンド】(浅煎り)ラージサイズで一服です。唐松は高1の冬山合宿で登った思い出の名峰です。

白馬駅前のベンチ。スノーボードを再利用。

2024.9.14

若喜醤油(喜多方)さんのだし醤油

創業1775年(宝暦5年)から続く喜多方の醤油・味噌醸造元「若喜(わかき)」さんのだし醤油です。
喜多方の街中散策時に若喜醤油さんに立ち寄って購入。
初代、若松屋喜祖衛門から代々「喜一郎」を襲名し、地元産の丸大豆、小麦と赤穂の天塩を土蔵の中、木桶醸造で2年間ゆっくり熟成させた諸味から造る伝統的・自然由来の天然醸造醤油だとか。
山形で購入した冬瓜の煮物に使ってみました。

2024.6.18

菅江真澄の歌碑再訪(気仙沼)

気仙沼で昼食のあと、えべっさんに再会したく神明崎に来ました。
前回来た時に当ブログでも時折登場の江戸時代の紀行家・菅江真澄の管弦窟(かんげんくつ)の歌碑の写真を撮り忘れたのでパチリ。
歌碑には「いと竹の いはやの神や まもるらん 波のしらべの 音もしづけし」とあります。
お鳴り穴とも呼ばれる鍾乳洞の管弦窟をうまく言い表していますね。
「菅江真澄」読本・3(無明舎出版、田口昌樹:著、1999年)の「仙台路の旅」「三、気仙沼の旅」にも天明六年(1786年)7月8日に「釜江の管弦窟を見学」とありました。

2024.1.16

久原のあごだし醤油

前回の九州の旅では大分のフジシン醤油を調達してきましたが、今回は福岡の久原醤油さんの「あごだし醤油 あまくち」です。
冷奴や焼き魚、卵かけご飯、目玉焼き、おひたしなどなどいろいろあるようですが、お雑煮に使ってみました。
三つ葉がなくセロリの葉で代用しましたが結構いけました。


2024.1.7

柚子の甘露煮

湯布院から天ケ瀬温泉へ向かう道すがら立ち寄った道の駅「慈恩の滝くす」(大分県玖珠郡玖珠町)にて購入した初めての味です。
甘さ控え目で文句なしで「お気に入りに追加」です。
ゆずの皮煮は大分県の郷土料理でお茶うけやお節料理の一品に用いられるそうです。


2023.11.25

辰馬食堂のちらし寿司セット

石上神社までの山の辺の道を歩き、天理駅まで歩く道すがら、昼食は天理本通り商店街のアーケードの食堂でとることにしています。
今回も前に訪れたことのある辰馬食堂さんでちらし寿司ときつねうどんのセットメニューをいただき、今回の山の辺の道を締めくくりました。


2023.11.24

柿もなか

柿専門店・石井物産(奈良県五條市西吉野町、創業1965年、西吉野は全国有数の柿の生産地)の国産もち米100%使用の柿の形の最中皮に包まれた柿餡の最中です。
白餡や小豆餡を一切つかわない柿だけの餡で1つの最中には約半分の柿が使われているそうです。
ほんのりとした柿の甘さと旨さが口の中に広がりました。
初めて訪れた天理の道の駅「なら歴史芸術文化村」で購入。
背景は山の辺の道で調達した柿です。


2023.11.22

山の辺の道を歩く楽しみはこれですね

幾度となく歩いているお気に入りの古道ですが、この地域の空気や佇まい、何より無人販売されている果物や野菜などをいつも楽しみにしています。
これら無人販売所で買った柿やみかんを食べながら、和気藹々と友人たちと歩く時間は幸せの時間そのものです。

今年も冬桜に迎えられました。


2023.10.19

加賀前田藩下屋敷

先日、板橋の植村直己冒険館を尋ねた際に、この近辺には加賀前田藩の下屋敷があった関係で金沢にまつわる地名や施設が多くあることをしりましたが、今回その下屋敷跡をズバリ訪ねてきました。
ちなみに下屋敷とは国元から届く米や各種物資などを一旦貯蔵する蔵屋敷としての役割を持つほか(中山道の板橋宿の近くに下屋敷はあります)、江戸城から離れた郊外にあることから、庭園を有し鷹狩や接待のために作られた別荘としての機能ももちあわせるといいます。
一方で中屋敷は上屋敷の控えとして隠居した主や成人した後継ぎの用の屋敷として、また上屋敷は大名とその家族が居住し、江戸における藩と幕府のフロント、政治的機構が置かれた屋敷でといいます。
下屋敷の築山の麓には板橋区が金沢市と有効都市協定を締結したことを祈念する尾山神社の神門ステンドグラスのモニュメントがあります。


2023.10.03

HUMP ROAST BEANS

南アルプスと中央アルプスに挟まれた(飯島町田切)、標高800mのところにある家具工房HUMPさんの自家焙煎珈琲です。
道の駅「花の里いいじま」で購入しました。
この飯島町ですが例年秋(9~10月)には週末に花火が打ち上げられています。ちょうど9月16日の花火にで出くわし、驚きとともに感激しました。
15時のおやつタイムにシャトレーゼのモンブランと共にいただきました。


2023.10.02

セルフタイマー ギャラリー(植村冒険館)

植村直己がデナリで消息を絶ったのは1984年、当時山仲間と安否について連絡を取り合っていたことが強く印象に残っています。
「青春を山に賭けて」はバイブルで、スケールの大きさの違いはあるにせよ自分自身も山が中心の生活が青春時代でした。その植村直己が暮らしていた板橋の植村冒険館は現在の形にリニューアル前に一度訪れていましたが、今回は新しい冒険館(2021年12月オープン)を訪問。素晴らしい施設でした。
訪れた日はちょうど「セルフタイマー ギャラリー(植村直己が撮影した単独冒険の記録」という企画展の最終日。「ナオミ トコナラヤカイ」、植村直己はここに生きていると感じます。
なお、板橋区は旧加賀前田藩の下屋敷があった関係で故郷の金沢市とは友好姉妹都市の関係で冒険館がある場所も加賀公園。また区内には金沢小学校や金沢自治会などもありますね。

身代神社


2023.09.24

佐々木ぶどう園さんとの出会い

旅の醍醐味にはその土地との出会いの他に、人とのふれあいがあります。これまでも道の駅や直売所で地元の方々や旅の人との様々な一期一会がありました。
今回は道の駅はなの里・いいじまでの農産物直売所に納品にきていた農家のおばちゃんとの縁です。
道の駅の前の休憩所で朝ごはんをとりながら直売所の開店時間を待つ間、次から次へと納品のための軽四が乗りつけます。葡萄、リンゴ、梨、栗など季節の果物や野菜が往来。
そんな中でひょんなことから話し込んだおばちゃんが、佐々木ぶどう園(長野県上伊那郡中川村片桐)さんでした。
シャインマスカットを納品にこられてましたが、最初はご当地のリンゴのことから話が弾みました。営業にも熱心で是非自分の農園の果物を一度たべてほしいと。旅から帰りそれではとお願いしたのが佐々木ぶどう園さんの「藤稔(ふじみのり)」と「安芸クイーン」。
果皮が紫黒色の「藤稔」は神奈川県生まれの品種で「井川682」と「ピオーネ」をかけ合わせた甘みと酸味のバランスよい、果汁が豊富な大粒の葡萄です(品種登録は1985年)。
同じく果汁が豊富な「安芸クイーン」ですが、巨峰を親とし1993年に品種登録された、やはり大粒の新種で酸味はやや控え目の葡萄。
「藤稔(ふじみのり)」と「安芸クイーン」、ともに最高の出来栄えを佐々木ぶどう園さんから届けて頂きました。種なしで食べやすく皮ごといただいております。
果物のある生活ってし・あ・わ・せ、ですね。


2023.09.15

空間に恋してー進修館

中庭は映画会、式典など野外活動の場となるようです。

笠原小学校同様に宮代町で象設計集団による著名な建築といえば「進修館」です。
「議会は円卓でやる。皆の顔がみえてよい。」を形として象設計集団が表象したのが、村の寺小屋だった「進修館」の名をつないだコミュニティセンター。
町議会はむろん、大ホールや小ホールを備え、各行政機関・委員会、町民のサークル活動などの場としての空間で「空間に恋して LOVE WITH LOCUS 象設計集団のいろはカルタ」では、屋敷林と表現されています。
宮代町の特産品でもある葡萄があちこちで使われています。
進修館についてはこちらに詳細情報があります。

大ホール前の光路は、富士山と筑波山を結ぶ軸だそうです。

小ホール前の光路は、南北を結ぶ軸となっているそうです。

背もたれ付きのイスには、「ロミオ」と「ジュリエット」、また、背もたれなしのイスには、「いざなぎ」、「いざなみ」と、それぞれに名称があるといいます。

床に葡萄のほか、扉の取っ手などにも当地自慢の農産物が表象されています。


2023.09.10

ゑがほ食堂の味噌田楽

今回の鳴子の旅では義経ゆかりの湯「姥の湯」さんの自炊部のお世話になりましたが、夕食はお祭り見物を優先し、自炊でなく「ゑがほ食堂」でとしました。
鳴子中心部にあり鳴子踊りパレードの目の前です。さすがに混んでいましたが、味噌田楽やとろろいも蕎麦と美味しく、まさに「ゑがほ」となりました。


2023.08.09

気仙沼市復興祈念公園

 
今回の気仙沼への旅は一泊のみとなりましたが、充実した旅となりました。
湾内のクルージングを終えて向かった先は、津波火災等で壊滅的な被害を受けた地区を眼下に望む、「気仙沼市復興祈念公園」(2021年3月開園)。
湾内から遠くまで気仙沼を眺望できる祈念の場所です。

2012年1月

2023年7月

(下左写真)気仙沼市の市街地に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」は2013年に解体されました。
(下右写真)森進一さんの「港町ブルース」歌碑(2022年に再建されましたが今回は訪れることができませんでした)。
(2012年1月撮影)

2023.08.05

「今日、あの海辺の街に出会う」

(気仙沼市移住GUIDE BOOK、気仙沼市移住・定住支援センターMINATO発行)
裏表紙には「この本には、実際の気仙沼市を舞台にした小説が書かれています。人生の岐路に立った一人の女性が、見知らぬ街との出会いを通して自分の思いに触れていく様子を描きました。 この本を開いたみなさんが、自分らしい選択に出会うことを祈って。」とあります。
「自分らしい選択」とはおっさんにはよくわかりませんが、とにかく読み終えたらまた気仙沼に行きたくなりましたね。えべっさんにも会いたいし、きっと会えるよね。
ちなみにえべっさんは市営住宅には空きがあるといってたし、友の湯の2階も貸し部屋になっていたし、シェアハウスも色々あるようで、ちょっくらゆるりと気仙沼で暮らしてみたくもなりますね。(気仙沼市移住GUIDE BOOKにも最大2か月限定ながら月1万5千円のお試し暮らしの住宅の案内がありました)

2023.07.30

「雀返し」という屋根

 

ゴールデンタイム(ファーマーズガーデンやまがた)」でも紹介させていただきました松本市波田の「味工房はた」。いつもここで気になっていたのがウォーキングイベントのチラシでした。
この食いしん坊羨望のウォーキングイベント「波田恋人の丘☆夏期ウォーキング」(ゴールして名産のスイカ食べ放題!)に参加という夢?が叶いました。
野麦街道コース(6.6km)と若澤寺コース(8.8km)が選べますが後者を選択。まずは果物畑を進み、やがて波田の町中に。同行のガイドさんから道祖神や石碑、神社仏閣について丁寧な説明をいただきます。
ただ私が一番興味を持ったのは、民家の屋根の特徴でした。初めて見る形状にウォーキングイベントのスタッフに早速尋ねてみますと「雀返し」や「雀おどし」と教えていただきました。
帰宅して調べる中でもウォーキングイベント同様に波田商工会さんのお世話になりました。
長野県下の特徴的な棟飾りになるのでしょうか。

【日本の屋根】(叢文社 、1982年9月発行、文・伊藤ていじ、写真・高井潔)にも板屋根のところで塩尻市の堀内家の雀おどしが紹介されています(p107)。

2023.07.28

寒天レストラン「さつき亭」

3月に「monterina」を訪れた際は、あまり時間がとれずでしたが、今回はゆっくりと伊那食品工業さんの本社・工場周辺の庭園「かんてんぱぱガーデン」を散策してみました(3万坪あるそうですね)。

そしてランチタイムですが施設内にはそば処やレストラン、カフェがあり、どこでと悩ませてくれます。
せっかくのかんてんパパですから寒天を活かしたお料理をと「さつき亭」に入りました。森の中に佇む静かなレストランで、レストランの中でも外のテラスでも食事が楽しめます。とまと寒天サラダ麺で夏の日の休日の昼食とさせていただきました。

2023.07.27

monterinaの焼き芋シェイク

monterinaとは、フランス語の「montagne」やイタリア語の「monte」(共に「山」の意味)と伊那の「ina」をかけ合わせ生まれた名称だそうですが、地元信州のほか日本各地から厳選された食いしん坊を唸らせる名品、そして伊那谷の野菜や果物が販売されています。
加えて今回は、施設内のカフェ&ベーカリーでのんびりすることを目的にやってきました。
午前中は文字通りゆっくり過ごせます。季節のジェラートやスイーツ、サンドイッチなどの中から焼き芋シェイクを選びました。

2023.06.18

地図と測量の科学館(つくば市)

中学生1年生の時、友人の親父に連れられ3人で大倉岳(石川県小松市)へ登ったのが、登山人生のスタートだったと思います。
以来、白山をはじめとする県内の山々から国内、海外へとその範囲は広がっていきましたが、たえずその山旅のお供をしてくれたのが地図。
とりわけ国土地理院の地形図は一番馴染みのある地図で、大きな本屋にある地形図コーナーを訪ねることはわくわくするひと時でもありました。
そんな昔から最も利用していた地図を発行する国土地理院(現国土交通省)の「地図と測量の科学館」(つくば市)へ城巡りの師匠とうかがってきました。いやーたいへん楽しめ、わくわく感満載の施設でした。

【左写真】国土地理院の前身、参謀本部陸地測量部と山岳会との剱岳を巡る登頂競争を描いた映画も印象に残る作品でしたが、ここに剱岳で見つかった錫杖と鉄剣のレプリカが展示されていました。
【右写真】日本地図といえば伊能忠敬ですね。

【左写真】売店には日本百名山のピンバッチすべてが販売されています。
【右写真】中学生の時に使っていた2万5千分の1地形図(昭和46年、1971年11月発行の2色刷り)。

2023.05.14

尾小屋つながり

4月のはじめ、弟と故郷石川県小松市の尾小屋鉱山資料館を訪ねてきましたが、今回、城廻の師匠と茨城県日立市の日立鉱山・日鉱記念館を訪問。
駐車場から本館受付に向かう通路脇になんと!「尾小屋鉱山銅製錬鍰(からみ)」なる六角柱の短い柱のようなものが並べられていました。
「鍰(からみ)」とは「銅を製錬する際に出た、不純物、この副産物である鉱滓(こうさい、スラグ)のことだそうで、これらを成形した六角形(亀甲からみ)は尾小屋独自の形状だそうです。
動画の中でも鉱山資料館からマインロードの途中にある「グリーンプロミナード尾小屋」の看板の周辺にこの亀甲からみを使った石垣が沢山見られました。
ちなみに尾小屋鉱山は1931年(昭和6年)に日本鉱業の傘下となり、日立鉱山は1929年(昭和4年)に日本産業から鉱山及び関連部門を分離設立された日本鉱業の主力鉱山。


2023.05.05

常総市でセイコーマートに遭遇

この5月の大型連休は友人と北海道車中泊の旅を随分前から楽しみにしていたのですが、やもえない事情により断念。
かといって自宅軟禁も滅入ってくるので、久々の益子陶器市に出向いてきました。
道中、買い物と休憩がてらに立ち寄った常総市で、なんとセイコーマートさんに遭遇。思わず車が北海道へワープしてしまったかのような錯覚に陥りました。
調べてみるとなんでもこの茨城には1988年から出店しているそうです。(現在84店舗)
訪れたのは常総新石下店で近くの豊田城も見えます。


2023.04.06

ほっとするね いっぷくの ちいさな しあわせ

お茶の郷・木谷山、宇治田原町の木谷製茶場さんの「味あわせ」が表題の如く、その美味しさにほっとします。
雁が音(茎茶や棒茶、白折などといった呼び方も)と玉露粉を二対一でブレンドした緑茶で、贈答品でない限り、高級なお茶にはなかなか手が出ませんが、この手頃な価格にも「ちいさな しあわせ」を感じます。

2023.02.17

早咲き桜の土肥桜

これまで伊豆の河津さくらを早咲き桜の代表のように思っていましたが、今回の旅で西伊豆の土肥(とい)の土肥桜を知りました。
濃いピンク色の華やかな桜は、まだ河津さくらがぼちぼち咲こうかといった頃には既に見頃を迎えていました。

2023.02.13

水仙に迎えられ爪木崎を歩いてきました

爪木島の向こうに利島がよく見えます。利島と新島の間は三宅島でしょうか。水仙まつりは1月末まででしたがまだまだ咲いています。
素晴らしい遊歩道が続いていました。

現存する日本最古の洋式石造灯台の神子元島(みこもとじま)燈台(1871年、明治3年)もばっちし見えました。


2023.02.11

戸田造船郷土資料博物館

日本で初めて造られた洋式帆船「ヘダ号」のことを知ったのは、2015年に読んだ「銭屋五兵衛と冒険者たち」(集英社文庫、童門 冬二・著、2005年12月発行)の中でした。
以来、その歴史が学べる同博物館を訪れる機会をうかがっていましたがこの度ようやく実現となりました。
1854年11月、ニコライ一世の命を受けたロシア使節(全権使節)エフィム・プチャーチンはディアナ号で下田に入港。
しかし安政の大地震に見舞われディアナ号が破損。修復へと戸田に向かうも結局ディアナ号は沈没。そのディアナ号の代船として日本の船大工が結集しロシア人と共にわずか3か月ほどで、日本初の洋式帆船「ヘダ号」を作り、このことが日本のその後の近代造船の始まりになったといいます。
安政の大地震に際し自らの被害もありながら、プチャーチン一行は、波にさらわれた日本人を救助し、船医が看護したともいいます。また一方でデァイナ号が沈んだ際には周囲の村人たちがロシア人乗船員たち500余名を救助したそうです。まさに友愛の絆です。
プチャーチンは後年、日露修好通商条約の締結(1858年)にも来日していますが、日本とロシアの友好の礎がこの「ヘダ号」にあったといえます。

プチャーチンには1881年(明治14年)、日露友好に貢献した功績により日本政府から勲一等旭日章が贈られています。
当博物館の前にある「日ソ友愛の像」の石碑には、
「海は世界をつなぐ、友愛のきずなである。孤立した島から、大陸から人はこのきずなによって結ばれ それぞれの文化を高め文明を築いて生きた 幕末の頃 プチャーチン提督の乗艦ディアナ号が遭難するや戸田の人々はこれを助け露国人と共に協力して代艦戸田号を建造した。
友愛の灯はこの時 あかあか と二つの国を映したのだ 爾来幾星霜世相はどのように変ろうとも二つの国の人々の心の奥底に友愛の灯は決して消え失せることはないであろう
 村長 山田三郎 謹書」
とあります。
1969年、この博物館の建設にあたり当時のトロヤノフスキー在日ソビエト連邦大使は、直接戸田を訪れソビエト連邦政府からの500万円を戸田に寄付しています。
「こんな時代もあーったのね」では済ませられませんね。
プーチンの蛮行によって両国の友愛の灯を絶やしてはならないと思います。

ちなみに軍艦9隻を率いながら江戸湾へ入港し、幕府を威圧しながら日米和親条約(神奈川条約、1854年)の締結に持ち込んだペリーに対し、プチャーチンの外交姿勢はシーボルトの進言もあり紳士的なアプローチだったといいます。教科書にものり誰もが知るペリーに対し、もっとプチャーチンに光が当たるべきだとも思います。


2023.01.26

ラヂオ体操

一日のスタートを調える日課として基本的に毎朝ラジオ体操をしています。
旅先のホテルや公園でもできる限りです。
一方で近所の公園などでは学童による夏休みのラジオ体操はまったく見かけなくなってしまいました。
コロナの影響もあるかと思いますが寂しい限りです。
このポスターは昭和の町・豊後高田に貼られていたものですがラジオ体操を昭和の遺物としてしまうのは悲しいものですね。
 
徳島の天神社で出会ったラジオ体操像


2023.01.23

ジャパンレッドの吹屋を訪ねる

前々から訪ねてみたかった赤い瓦とベンガラ格子の家々が連なる「ジャパンレッド」の町、岡山県高梁市成羽町の吹矢地区を年末に訪ねて来ました。
 
国内有数の弁柄と銅(あかがね)の産地として栄えた吹屋には、明治のころ、瀬戸内海の笠岡や西浜から人足で魚を運んだ「とと道」がつながり、この古道の終点としてもいつかは歩いてみたいと思います。


2023.01.21

ここだったんだチロルチョコ

行き当たりばっ旅の面白さの一つ、それは想定外の出会いですね。
大宰府を目指し国道201号を走っていると「チロルチョコ」の大きな看板が目に入りました。
ここで通り過ごしてしまえばそれでおしまいですが、食いしん坊の直観がピーンときて、もしやあのチロルチョコの本社か工場?との連想が働き急遽訪問。工場見学は叶いませんでしたが近くにアウトレットショップがあるとのことでさっそくです。
嬉しい突然の出会いとでもいうのでしょうか?


チロルチョコを製造する松尾製菓株式会社さん(明治36年から現田川市で菓子製造、チロルチョコ部門は昭和37年から))


2023.01.12

豊前海の魚介類に魅せられて

福岡県の東部沿岸から大分県の北部沿岸の周防灘南部海域で沿岸部は遠浅で日本三大干潟の一つという(残る2つは、有明海、八代海)。
地魚の宝庫であるこの海域の海産物を取り扱う「自由市場」(豊前市大字千束16-1)に「大きな机」からのついでに年末立ち寄ってきました。
もちろん自由市場には魚介類以外もたくさん販売されています。


ハモ(ハム)、主に底びき網で獲るそうです

ベタ  高級魚の舌平目のことだそうです。
オオスダレ貝 産地以外の市場ではまずおめにかかれないとか?
赤ナマコのほうがナマコより少したかいのですね

2023.01.09

大阪から船に乗って 別府に着いた~♪

憧れの船旅が実現しました。「さんふらわあ」で大阪南港から別府の、瀬戸内海の旅です。
夜の出港、朝の入港ですから、夜の瀬戸内海や夜景は明石大橋まであたりでした(走ってもくぐっても素晴らしい橋です)。
船内では大浴場も楽しみしにていましたので、風呂上がりにパブリックスペース(展望デッキ)で飲むビールは最高でした。もちろん貧乏旅行ですので夕食のお弁当やビール、つまみは南港近くのスーパーで調達しています。こちらで船が著名な橋をくぐる予定時間がわかります


大阪南港で出港を待つあいぼり

大阪南港のターミナル受付

まもなく明石大橋をくぐります

明石大橋

2023.01.08

大和三山を眺め深呼吸するって最高!

奈良では一番好きな場所かもしれません。明日香村もお気に入りなんですが、とりわけこの甘樫丘を散策することが好きです。
大体は朝の清々しい時間に歩き、展望台から畝傍山、耳成山、天香山と眺め悠久の昔から変わらぬであろう、この風景に喜びを覚えます。いつ来ても何度来ても、飽きることのないとっておきの場所です。


2023.01.07

岡崎の八丁味噌2社を応援します

2017年、地域ブランドの特性を活かそうという趣意で始まった「地理的表示保護制度」(略称:GI)。
しかしこのGI登録をめぐって「八丁味噌」に関しては、どうも合点がいかず、応援したい気持ちもあり岡崎の2社を年末に訪ねて来ました。
「八丁味噌」について、2017年12月、農水省は愛知県下全域の業者に対しGIの登録を認可。しかし岡崎の2社はこれに異を唱え、登録は無効にすべきとして、2018年3月に行政不服審査法に基づく審査を申し立てました。
この岡崎の2社は「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」には非加盟でもあり、そもそも岡崎の2社以外の会社が八丁味噌を名乗ることに反発しており、小生も同感であります。
このままでは本家が元々の製品名を名乗れない状況にもなりかねず、何やら中国で起こった「無印良品」のケースに似た状況を危惧しています。
岡崎市八帖町の 「株式会社まるや八丁味噌」と「合資会社八丁味噌」(「カクキュー」ブランドを展開)さんの2社を消費者としても応援したいところです。


昭和20年代の観光ポスター

カクキューさんの食事処でいただいた八丁味噌を使った味噌カツ定食。さすがです。
この味噌カツ定食に出された赤だしが美味かったので、売店ではこの赤だしを購入。
「やはぎばし」は愛知県岡崎市にある矢作橋。
自宅でもおにぎりとこの八丁味噌の赤だしでランチとしてみました。
 

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2025.8.27
道の駅・美郷
 






 
2024.11.18
サラダセロリ
 





2024.9.27
滝ケ原の石橋
 


2024.9.19
HAKUBA COFFEEE STAND
 




2024.1.7
柚子の甘露煮
 


2023.11.24
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2023.10.3
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2023.1.26
ラヂオ体操
 




 
2023.1.9

大阪から船に乗って 別府に着いた~♪




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