2026.4.16
羽伏浦海岸(東京都新島村)
新東京百景にも選ばれており、白い砂浜と、それに伴う乳青色の海が7kmも続く美しい海岸です。
世界的にも有名なサーフスポットで、世界プロサーフィン連盟 (ASP) の大会にも使用されるそうです。
ただこの青い海と砂浜と波を眺めているだけでも十分でした。
2026.4.15
流人墓地(東京都新島村)
こちらも2013年6月以来の再訪の地です。
当時は墓地の砂地の白さに驚きましたが、今回は流人の墓にも数々のお花が添えられていたことに感激しました。
上木(うわき)甚平衛(1714?-1798、飛騨んじい)は町人、大地主でしたが幕府直轄(天領)地となり年貢が倍増された上に検地による増税に苦しむ農民の反対運動(時の代官・大原彦四郎の名から大原騒動という)に際し、農民側についたため、農民一揆の首謀者とみなされて流罪になり62才で新島へ流れてきました。
85才で亡くなるまで、田畑を手伝い、読み・書き・そろばんを教え、島の生活への貢献から「飛騨んじい」と島民から慕われたといいます。
義民 甚平衛(及び孝行息子の勘左衛門)については(一社)飛騨・高山観光コンベンション協会の「飛騨高山観光ガイド」サイトに詳細が出ています。
甚兵衛の生家「旧三島家」は、岐阜県の重要文化財で、現在観光施設「荘川の里」(荘川町新渕)に移築され保存されているということですから、荘川訪問の機会をとらえ訪ねてみたいものです。
相馬主計の碑
流人墓地から離れた場所にありますが、伊東甲子太郎や坂本竜馬殺害の嫌疑から流罪終身となり、1870年(明治3年)に流刑となった新撰組最後の隊長といわれる相馬主計の碑。
相馬は新島の娘と結婚、寺子屋を開き島の子ども達の教育にも貢献。村民に慕われながらも、流刑制度廃止に伴う赦免で、妻と伴に新島を後にした際に主計がうたった和歌。
「さながらに そみし我が身は わかるとも 硯の海の深き心ぞ」
写真は2013年6月に訪ねた時に撮影したもの。
2026.4.12
富士見峠(東京都新島村)
13年ぶりに訪れた伊豆七島の新島ですが、前回は仕事がおわり、レンタサイクルであちこち周遊。
今回は自転車では行けないレンタカーで展望を求めて富士見峠に向かいました。好天にも恵まれ絶景です。
2026.4.3
辻政信の故郷を訪ねて
せっかく山中に来ているのですから、今年の課題図書としていた辻政信関連で出身地の動橋(いぶりばし)川沿いにある東谷奥村今立を訪ねてみました。
目的は現加賀市山中温泉荒谷町に立つ辻政信の銅像です。
石川県の南部地域には鞍掛山(今回もその山容を眺めながらのアプローチでした)や富士写ヶ岳、大日山とまさに青春時代の山々が点在していますが、まさか約半世紀を経て、辻政信を訪ねてみるとは、、、でした。
ちなみに山中温泉の中心地からも結構距離のあるこの荒谷の銅像にまさかの先客あり。しかも「辻政信の真実、失踪60年-伝説の作戦参謀の謎を追う」を携えていました。旅の出会いとは本当に面白いものです。
2025.12.15
兵庫県立コウノトリの郷公園
昭和46年(1971年)に一旦、日本では絶滅したコウノトリ(豊岡市にいたコウノトリが日本の空を飛んでいた最後のコウノトリ)ですが、豊岡市では昭和40年から人工飼育などでコウノトリを増やす活動を続け、平成元(1989)年にはロシアから譲り受けた(1985年に5羽譲り受ける、今の日ソ関係からは想像も出来ませんね)コウノトリがヒナを産んだといいます。
保護増殖に取り組み24年目にしての快挙ですね。
人口飼育も進み100羽を超えてきたところで2005年(平成17年)には、ついに野生復帰に向けて初の放鳥が行われ現在に至ります。
そんな特別天然記念物(昭和31年、1956年から)で「絶滅危惧種」のコウノトリですが、2020年に一度車で走行中に田んぼでくつろぐコウノトリの姿を見かけたことがあり、今回はそれ以来、しかも初めての飛翔の姿を見る機会に恵まれました。
2025.7.31
福井県立恐竜博物館
2025.5.26
岸壁の母とさくら貝(道の駅・とぎ海街道)
能登半島西側を北上する途中で立ち寄りました。
道の駅・とぎ海街道は世界一長いベンチで有名で何度か立ち寄ったことがありますが、今回は岸壁の母のモデルの端野いせさんの展示資料室(岸壁の母関連では舞鶴にも訪れています)と、前に訪問した時には無かった「さくら貝資料館」(2022年オープン)をゆっくりと見学してきました。
当道の駅は鎌倉の由比ケ浜や紀伊の和歌浦と共に、「日本三大小貝名所」として知られる増穂浦海岸の近くにあり、11月から3月にかけて吹く「貝寄せの風」により、サクラ貝をはじめ、ニシキ貝、ワスレ貝、マクラ貝など「三十六歌仙貝」が流れ着くそうです。
「三十六歌仙貝」とは平安時代の和歌の名人36人、三十六歌仙にちなみ、万葉集などにある貝を詠んだ三十六首を選出し、これに小貝をあてはめたもが歌仙貝です。
当地では三十六歌仙貝を集めた標本箱をつくるのが風物詩だそうです。
志賀町の観光ガイドサイトがとても参考になります。
2025.1.17
道の駅にしお岡ノ山のモーニング(愛知県西尾市)
これまで一度もいわゆる名古屋(愛知県)のモーニングという名物?を当地で味わったことのない小生の夢がようやくにして叶いました。
大阪から東京へ一般道を走る道すがら、偶然に選んだ道の駅がその名物で有名な道の駅でした。なんと農産物直売所は朝6時から、モーニングのサービスのある軽食コーナーは7時からの営業です。
それにしても今回初めて走ったる国道23号(岡崎バイパス、三重県伊勢市~愛知県豊橋市)のなんと素晴らしいこと。
多少渋滞の個所もありましたが(高速は当日さらに混んでました)結構スムーズに走行できました。なにせ周辺景色が初めての面白さもあり良い意味で期待を裏切られました。
さて7時きっかり、初のモーニングを求めて(和食と洋食のうち多くは和食を選んでいました)席に着きます。厚さ5センチはあろうトースト、名物のイカフライのレモン煮(西尾市内の学校給食にもあるそうです)、果物はライチ、そして茹でたまごに、唐揚げ。コーヒーのおかわり自由もありがたいですね。
また立ち寄ってみたくなる道の駅でした。
2024.11.18
サラダセロリ
戸倉上山田温泉の「つるの湯」の売店で購入した(野菜や果物が並んでいました)初めての野菜です。通常のセロリも好きですが、これも有りですね。
ちなみにセロリの道府県別収穫量は、長野県が全国の約4割近くを占めるそうですね。
セロリーをブログで取りあげたのは2015年以来でしょうか?
2024.11.06
星くずの里たかやま・黒耀石体験ミュージアム –
高校山岳部の先輩と同窓会に向かう道すがら、前々からたずねてみたいと思っていました星くずの里たかやま・黒耀石体験ミュージアム(長野県長和町大門)に立ち寄りました。
この先輩からずいぶん前に黒曜石(栃木県高原山産)をいただいていたことや、「火山と断層から見えた神社のはじまり」(蓮池明弘、双葉文庫、2024年)という本を読んでいて関心が高まっていたことが背景です。
先輩は「星くそ」とう黒曜石の表現をとりわけ気に入っていました。
2024.9.27
滝ケ原の石橋
アーチ状の石橋といえばその多くが九州に現存しますが、我が故郷・小松市の滝ケ原には特徴的な石橋が5つも存在(かつて11ないしは12橋存在していたそうな)。
土木学会第65回年次学術講演会(平成22年9月)資料「小松市滝ヶ原石橋群の構造解明と自然環境保全の方策」(金沢工業大学大学院 学生会員 糠山 尚希,金沢工業大学 フェロー 本田 秀行)に詳しく有り、とても参考になります。こちら
特徴的としたのは同資料によれば全国に15しかない貫石(九州では染石とも呼ばれるとか)構造という石橋構造で、滝ケ原にはこの構造の石橋が4橋現存といいます。
滝ケ原の石は石のもろさにつながる吸水率が低い凝灰岩で、吸水率は有名な大家石に比べれば約半分の水準(前出資料に詳細有り)で、比重も軽く建材にはとても良い石だそうです。全国の各地、滝ケ原の石が使われている場所はこちらが参考になります。
そんな郷土の誇りの石橋を滝ケ原の同級生を訪ねた際に見学してきました。
石橋を巡る旅は「豊後大野の石橋群」として当ブログに紹介して以来となります。
なお、滝ケ原の石橋を含む「小松の石文化」は2016年5月に、日本遺産に認定されています。
丸竹橋(冒頭写真含む)
大門橋
西山橋
2023.11.22
山の辺の道を歩く楽しみはこれですね
幾度となく歩いているお気に入りの古道ですが、この地域の空気や佇まい、何より無人販売されている果物や野菜などをいつも楽しみにしています。
これら無人販売所で買った柿やみかんを食べながら、和気藹々と友人たちと歩く時間は幸せの時間そのものです。
2023.10.19
加賀前田藩下屋敷
先日、板橋の植村直己冒険館を尋ねた際に、この近辺には加賀前田藩の下屋敷があった関係で金沢にまつわる地名や施設が多くあることをしりましたが、今回その下屋敷跡をズバリ訪ねてきました。
ちなみに下屋敷とは国元から届く米や各種物資などを一旦貯蔵する蔵屋敷としての役割を持つほか(中山道の板橋宿の近くに下屋敷はあります)、江戸城から離れた郊外にあることから、庭園を有し鷹狩や接待のために作られた別荘としての機能ももちあわせるといいます。
一方で中屋敷は上屋敷の控えとして隠居した主や成人した後継ぎの用の屋敷として、また上屋敷は大名とその家族が居住し、江戸における藩と幕府のフロント、政治的機構が置かれた屋敷でといいます。
下屋敷の築山の麓には板橋区が金沢市と有効都市協定を締結したことを祈念する尾山神社の神門ステンドグラスのモニュメントがあります。
2023.10.03
HUMP ROAST BEANS
南アルプスと中央アルプスに挟まれた(飯島町田切)、標高800mのところにある家具工房HUMPさんの自家焙煎珈琲です。
道の駅「花の里いいじま」で購入しました。
この飯島町ですが例年秋(9~10月)には週末に花火が打ち上げられています。ちょうど9月16日の花火にで出くわし、驚きとともに感激しました。
15時のおやつタイムにシャトレーゼのモンブランと共にいただきました。
2023.10.02
セルフタイマー ギャラリー(植村冒険館)
植村直己がデナリで消息を絶ったのは1984年、当時山仲間と安否について連絡を取り合っていたことが強く印象に残っています。
「青春を山に賭けて」はバイブルで、スケールの大きさの違いはあるにせよ自分自身も山が中心の生活が青春時代でした。その植村直己が暮らしていた板橋の植村冒険館は現在の形にリニューアル前に一度訪れていましたが、今回は新しい冒険館(2021年12月オープン)を訪問。素晴らしい施設でした。
訪れた日はちょうど「セルフタイマー ギャラリー(植村直己が撮影した単独冒険の記録」という企画展の最終日。「ナオミ トコナラヤカイ」、植村直己はここに生きていると感じます。
なお、板橋区は旧加賀前田藩の下屋敷があった関係で故郷の金沢市とは友好姉妹都市の関係で冒険館がある場所も加賀公園。また区内には金沢小学校や金沢自治会などもありますね。
2023.09.24
佐々木ぶどう園さんとの出会い
旅の醍醐味にはその土地との出会いの他に、人とのふれあいがあります。これまでも道の駅や直売所で地元の方々や旅の人との様々な一期一会がありました。
今回は道の駅はなの里・いいじまでの農産物直売所に納品にきていた農家のおばちゃんとの縁です。
道の駅の前の休憩所で朝ごはんをとりながら直売所の開店時間を待つ間、次から次へと納品のための軽四が乗りつけます。葡萄、リンゴ、梨、栗など季節の果物や野菜が往来。
そんな中でひょんなことから話し込んだおばちゃんが、佐々木ぶどう園(長野県上伊那郡中川村片桐)さんでした。
シャインマスカットを納品にこられてましたが、最初はご当地のリンゴのことから話が弾みました。営業にも熱心で是非自分の農園の果物を一度たべてほしいと。旅から帰りそれではとお願いしたのが佐々木ぶどう園さんの「藤稔(ふじみのり)」と「安芸クイーン」。
果皮が紫黒色の「藤稔」は神奈川県生まれの品種で「井川682」と「ピオーネ」をかけ合わせた甘みと酸味のバランスよい、果汁が豊富な大粒の葡萄です(品種登録は1985年)。
同じく果汁が豊富な「安芸クイーン」ですが、巨峰を親とし1993年に品種登録された、やはり大粒の新種で酸味はやや控え目の葡萄。
「藤稔(ふじみのり)」と「安芸クイーン」、ともに最高の出来栄えを佐々木ぶどう園さんから届けて頂きました。種なしで食べやすく皮ごといただいております。
果物のある生活ってし・あ・わ・せ、ですね。
2023.09.15
空間に恋してー進修館
笠原小学校同様に宮代町で象設計集団による著名な建築といえば「進修館」です。
「議会は円卓でやる。皆の顔がみえてよい。」を形として象設計集団が表象したのが、村の寺小屋だった「進修館」の名をつないだコミュニティセンター。
町議会はむろん、大ホールや小ホールを備え、各行政機関・委員会、町民のサークル活動などの場としての空間で「空間に恋して LOVE WITH LOCUS 象設計集団のいろはカルタ」では、屋敷林と表現されています。
宮代町の特産品でもある葡萄があちこちで使われています。
進修館についてはこちらに詳細情報があります。
2023.07.30
「雀返し」という屋根
「ゴールデンタイム(ファーマーズガーデンやまがた)」でも紹介させていただきました松本市波田の「味工房はた」。いつもここで気になっていたのがウォーキングイベントのチラシでした。
この食いしん坊羨望のウォーキングイベント「波田恋人の丘☆夏期ウォーキング」(ゴールして名産のスイカ食べ放題!)に参加という夢?が叶いました。
野麦街道コース(6.6km)と若澤寺コース(8.8km)が選べますが後者を選択。まずは果物畑を進み、やがて波田の町中に。同行のガイドさんから道祖神や石碑、神社仏閣について丁寧な説明をいただきます。
ただ私が一番興味を持ったのは、民家の屋根の特徴でした。初めて見る形状にウォーキングイベントのスタッフに早速尋ねてみますと「雀返し」や「雀おどし」と教えていただきました。
帰宅して調べる中でもウォーキングイベント同様に波田商工会さんのお世話になりました。
長野県下の特徴的な棟飾りになるのでしょうか。
【日本の屋根】(叢文社 、1982年9月発行、文・伊藤ていじ、写真・高井潔)にも板屋根のところで塩尻市の堀内家の雀おどしが紹介されています(p107)。
2023.06.18
地図と測量の科学館(つくば市)
中学生1年生の時、友人の親父に連れられ3人で大倉岳(石川県小松市)へ登ったのが、登山人生のスタートだったと思います。
以来、白山をはじめとする県内の山々から国内、海外へとその範囲は広がっていきましたが、たえずその山旅のお供をしてくれたのが地図。
とりわけ国土地理院の地形図は一番馴染みのある地図で、大きな本屋にある地形図コーナーを訪ねることはわくわくするひと時でもありました。
そんな昔から最も利用していた地図を発行する国土地理院(現国土交通省)の「地図と測量の科学館」(つくば市)へ城巡りの師匠とうかがってきました。いやーたいへん楽しめ、わくわく感満載の施設でした。
【左写真】国土地理院の前身、参謀本部陸地測量部と山岳会との剱岳を巡る登頂競争を描いた映画も印象に残る作品でしたが、ここに剱岳で見つかった錫杖と鉄剣のレプリカが展示されていました。
【右写真】日本地図といえば伊能忠敬ですね。
【左写真】売店には日本百名山のピンバッチすべてが販売されています。
【右写真】中学生の時に使っていた2万5千分の1地形図(昭和46年、1971年11月発行の2色刷り)。
2023.05.14
尾小屋つながり
4月のはじめ、弟と故郷石川県小松市の尾小屋鉱山資料館を訪ねてきましたが、今回、城廻の師匠と茨城県日立市の日立鉱山・日鉱記念館を訪問。
駐車場から本館受付に向かう通路脇になんと!「尾小屋鉱山銅製錬鍰(からみ)」なる六角柱の短い柱のようなものが並べられていました。
「鍰(からみ)」とは「銅を製錬する際に出た、不純物、この副産物である鉱滓(こうさい、スラグ)のことだそうで、これらを成形した六角形(亀甲からみ)は尾小屋独自の形状だそうです。
動画の中でも鉱山資料館からマインロードの途中にある「グリーンプロミナード尾小屋」の看板の周辺にこの亀甲からみを使った石垣が沢山見られました。
ちなみに尾小屋鉱山は1931年(昭和6年)に日本鉱業の傘下となり、日立鉱山は1929年(昭和4年)に日本産業から鉱山及び関連部門を分離設立された日本鉱業の主力鉱山。
現存する日本最古の洋式石造灯台の神子元島(みこもとじま)燈台(1871年、明治3年)もばっちし見えました。
2023.02.11
戸田造船郷土資料博物館
日本で初めて造られた洋式帆船「ヘダ号」のことを知ったのは、2015年に読んだ「銭屋五兵衛と冒険者たち」(集英社文庫、童門 冬二・著、2005年12月発行)の中でした。
以来、その歴史が学べる同博物館を訪れる機会をうかがっていましたがこの度ようやく実現となりました。
1854年11月、ニコライ一世の命を受けたロシア使節(全権使節)エフィム・プチャーチンはディアナ号で下田に入港。
しかし安政の大地震に見舞われディアナ号が破損。修復へと戸田に向かうも結局ディアナ号は沈没。そのディアナ号の代船として日本の船大工が結集しロシア人と共にわずか3か月ほどで、日本初の洋式帆船「ヘダ号」を作り、このことが日本のその後の近代造船の始まりになったといいます。
安政の大地震に際し自らの被害もありながら、プチャーチン一行は、波にさらわれた日本人を救助し、船医が看護したともいいます。また一方でデァイナ号が沈んだ際には周囲の村人たちがロシア人乗船員たち500余名を救助したそうです。まさに友愛の絆です。
プチャーチンは後年、日露修好通商条約の締結(1858年)にも来日していますが、日本とロシアの友好の礎がこの「ヘダ号」にあったといえます。
プチャーチンには1881年(明治14年)、日露友好に貢献した功績により日本政府から勲一等旭日章が贈られています。
当博物館の前にある「日ソ友愛の像」の石碑には、
「海は世界をつなぐ、友愛のきずなである。孤立した島から、大陸から人はこのきずなによって結ばれ それぞれの文化を高め文明を築いて生きた 幕末の頃 プチャーチン提督の乗艦ディアナ号が遭難するや戸田の人々はこれを助け露国人と共に協力して代艦戸田号を建造した。
友愛の灯はこの時 あかあか と二つの国を映したのだ 爾来幾星霜世相はどのように変ろうとも二つの国の人々の心の奥底に友愛の灯は決して消え失せることはないであろう
村長 山田三郎 謹書」
とあります。
1969年、この博物館の建設にあたり当時のトロヤノフスキー在日ソビエト連邦大使は、直接戸田を訪れソビエト連邦政府からの500万円を戸田に寄付しています。
「こんな時代もあーったのね」では済ませられませんね。
プーチンの蛮行によって両国の友愛の灯を絶やしてはならないと思います。
ちなみに軍艦9隻を率いながら江戸湾へ入港し、幕府を威圧しながら日米和親条約(神奈川条約、1854年)の締結に持ち込んだペリーに対し、プチャーチンの外交姿勢はシーボルトの進言もあり紳士的なアプローチだったといいます。教科書にものり誰もが知るペリーに対し、もっとプチャーチンに光が当たるべきだとも思います。
2023.01.23
ジャパンレッドの吹屋を訪ねる
前々から訪ねてみたかった赤い瓦とベンガラ格子の家々が連なる「ジャパンレッド」の町、岡山県高梁市成羽町の吹矢地区を年末に訪ねて来ました。
国内有数の弁柄と銅(あかがね)の産地として栄えた吹屋には、明治のころ、瀬戸内海の笠岡や西浜から人足で魚を運んだ「とと道」がつながり、この古道の終点としてもいつかは歩いてみたいと思います。
2023.01.08
大和三山を眺め深呼吸するって最高!
奈良では一番好きな場所かもしれません。明日香村もお気に入りなんですが、とりわけこの甘樫丘を散策することが好きです。
大体は朝の清々しい時間に歩き、展望台から畝傍山、耳成山、天香山と眺め悠久の昔から変わらぬであろう、この風景に喜びを覚えます。いつ来ても何度来ても、飽きることのないとっておきの場所です。
2023.01.07
岡崎の八丁味噌2社を応援します
2017年、地域ブランドの特性を活かそうという趣意で始まった「地理的表示保護制度」(略称:GI)。
しかしこのGI登録をめぐって「八丁味噌」に関しては、どうも合点がいかず、応援したい気持ちもあり岡崎の2社を年末に訪ねて来ました。
「八丁味噌」について、2017年12月、農水省は愛知県下全域の業者に対しGIの登録を認可。しかし岡崎の2社はこれに異を唱え、登録は無効にすべきとして、2018年3月に行政不服審査法に基づく審査を申し立てました。
この岡崎の2社は「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」には非加盟でもあり、そもそも岡崎の2社以外の会社が八丁味噌を名乗ることに反発しており、小生も同感であります。
このままでは本家が元々の製品名を名乗れない状況にもなりかねず、何やら中国で起こった「無印良品」のケースに似た状況を危惧しています。
岡崎市八帖町の 「株式会社まるや八丁味噌」と「合資会社八丁味噌」(「カクキュー」ブランドを展開)さんの2社を消費者としても応援したいところです。
カクキューさんの食事処でいただいた八丁味噌を使った味噌カツ定食。さすがです。
この味噌カツ定食に出された赤だしが美味かったので、売店ではこの赤だしを購入。
「やはぎばし」は愛知県岡崎市にある矢作橋。
自宅でもおにぎりとこの八丁味噌の赤だしでランチとしてみました。